重力のかたち–カテナリー:バイオミメティクスによる建築のデザイン4 / A form in gravity-Catenary: architectural designs on Biomimetics4
[image by Mtpaley via Wikipedia: catenary curves in a spider web, which is the material form pulled by gravity.
物体は地球の重力に引かれ、カテナリー曲線を描く]
カテナリー–最小限の物質による自然の曲線
目の前のロープの両端を掴み、そっと持ち上げてみる。そのロープのかたちはカテナリーと呼ばれる。地球上のどんな物体もそれが充分にロープのようにフレキシブルであれば、かならずカテナリーのかたちをとる。むしろカテナリーのかたちで安定すると捉えるのがいいかもしれない。なぜならカテナリーは物体の内部で働いている力と外から働いている力–この場合は私たちの手の力と重力–が平衡している状態だからだ。ロープを持ち上げた瞬間、それは微妙に弛む。ロープの切片どうしがまだ押し合っている、つまり切片どうしに圧縮力が働いている。しかし次の瞬間に弛みはとれ、カテナリーに落ち着く。このとき切片どうしはただ引っ張り合っている、つまりロープの内部には引張り力以外の力は無い。純粋にテンションだけがつくるかたち、それがカテナリーである。
カテナリーのこの特徴は、自然が最小限の物質で世界を造るのにとても好都合である。なぜなら圧縮力のかかるかたちは太く、多くの物質を必要とするのに対して、引張り力だけで成立しているかたちは細くなれる、つまり物質を最小限にしか消費しないからだ。これはロープをもって両端から押してみればすぐに分かる。ロープはすぐ曲がってしまう。曲がらないためにはどうすれば良いか。ロープを束ねる、つまり太くするのがひとつの解法だろう。圧縮力のかかる物体はこの曲がる力にも耐えなければならないために太く短い必要があるのだ。それに対して引張り力だけがかかる物体には曲がる力が生じないために、細くなれる。くもの巣がはなぜ細い糸でそのかたちを保つことができるのか。その理由のひとつはそれがテンションのみで成立するかたちだからだと言える。つまり最も少ない物質量で最も大きな面積をカバーする(そして獲物を捕らえる)構造と言える。それゆえテンションだけがつくるかたち–カテナリーも全く同じ理由で、自然界において最も経済的な曲線だと言える。
人工物の世界においても古くからカテナリーは探求されてきた。面白いのはその探求の場が主に建築のドームやアーチであったことである。垂れ下がったロープを上下逆転して探求されてきたのである。重力に物体が引っ張られたかたちがカテナリーであるのに、重力に逆らって建ち上がるためのかたちの探求にカテナリーがなにができるのか。このことを最も象徴的に印象づけるのはガウディの建築構造における研究だろうと思う。重力によって垂れ下がったロープを上下逆さまにすると、ロープに外から働く力、重力の向きが逆向きになるから、ロープの内部で働く力の向きも逆向きになる。つまりロープの中では圧縮力だけが働くことになる。もちろんこれは想像上の話であって、ロープは例えばレジンで固めるなど何らかの方策をとられなければふにゃふにゃとそのかたちを崩す。しかし、もしロープを固形化できれば、上下逆転したカテナリーのかたちには圧縮力しか働かない、つまりこのかたちを曲げる力は働かない。ヨーロッパにおいてドームやアーチの構造は石造であった。そしてその石は当然切り石であるので、それを積み上げたかたちは横からの力、曲げようとする力に弱い。それゆえ圧縮力しか持たない上下逆さまのカテナリーは、石造のかたちの最適解となる。もちろんこれは石造に限ったことではない。重力に逆らって建ち上がるかたちは、重力によって生じる圧縮力だけでなく、曲げる力にも耐えなければならない。それだけ余分に物質を必要とするということである。物質の消費を最小限にするために、カテナリーは効く。
[image by Incognita Nom de Plume via Flickr: Re-creation of Gaudi's model for Sagrada Familia, Barcelona, Spain.
サグラダ・ファミリアの逆さ吊り模型(再現)]
フニクラ・モデル–ガウディによるフォーム・ファインディング・コンピューター
ガウディは「逆さ吊り模型」(フニクラ・モデル)と呼ばれる縮尺模型によって、カテナリーによる建築の構造とかたちを決める方法を探求した。天井から吊るした細いひもに、石にかかる力に見立てた砂袋を無数につけ、砂袋の位置や重さを調整しながら自然に生成するかたちを探している。このような方法はより一般的にはフォーム・ファインディング(form finding)と呼ばれる。ガウディのフニクラ・モデルはフォーム・ファインディングの象徴と言える。フォーム・ファインディングの注目すべき点は、かたちをデザインすること、構造を計算すること、さらに最適化された構造を求めることを、模型を作る行為が同時に行うことである。この特徴は慣習的な建築の作り方、つまり建築をデザインする行為と、構造の計算をする行為が分離した方法と比較するとその違いがすぐに分かる。建築家がかたちのデザインをすることと、そのデザインに沿って構造家が構造計算をすることを、ひとつの模型を作ることで統合(インテグレート)しているのだ。しかしこの統合はそこにとどまらない。なぜならその模型には自然の力、重力が常に存在しているからだ。デザインのプロセスに自然が取り込まれていると言える。
ガウディが最初にこの方法を探求し始めたグエル教会(1898–1916)のプロジェクトでは、フニクラ・モデルの挙動を科学的に把握しそれをデザインの道具として最終的な教会のかたちを決めることができるようにその方法を開発するまでに10年かかったと言われている。約100年前の話である。サグラダ・ファミリア教会地下の展示室にガウディのフニクラ・モデルが再現されている。この模型を見るだけで、その10年がどういうものであったか少しは想像ができる。ひとつひとつの砂袋を付け替えひとつのかたちを試し、さらに砂袋の位置を調整する、この作業を繰り返すのである。ガウディは自然にインスピレーションを受け続けた建築家である。自然のかたちを科学的視点で応用するバイオミメティカルな方法を建築のデザインにおいて実践した始祖のひとりと言える。それを考えるとこの膨大な時間をかけた作業は必然であったとも言える。それは自然はかたちの最適化をどのように行うのかを考えれば分かる。遺伝子を使った長期にわたる実地テスト、トライ・アンド・エラーである。生殖と突然変異によって、似てはいるがほんの少しづつ異なる形質を発現する遺伝子による情報伝達と発現の仕組みを造り、発現されたかたちの実地テストによって、環境に順応するかたちだけが生存できるようにする。ガウディはそのような自然の最適化プロセスを無数の砂袋の位置を変え続けることで実践していた。
[image: experiment "gravitropic architecture (Yukio Minobe 美濃部幸郎, 2009)]
パラメトリック・デザイン–ディジタル・フォーム・ファインディング
ガウディの最初の試みから約100年後の現在。ガウディと同じように自然を畏敬しそこにかたちを求めるならば、私たちはこれ以上ない道具を持っている:コンピューターだ。カテナリーで見たように、最適化された自然のかたちは必ずその背後になぜそのかたちが最適化されたと捉えられるのかについての、独自のロジックを持っている。そのロジックを数学を媒介として、私たちはコンピューターに再び最適化のプロセスを試させることができる。例えばガウディのフニクラ・モデルの場合には、一本の糸に働く力とその力によって生じる糸の変形の関係は力の平衡式(非弾性体)やフックの法則(弾性体)によって記述することができる。しかし糸が複雑にネットワークされたとき、どのようなかたちとなるか、これは簡単には分からない。それでも部分的な糸の挙動が分かっているならば、その部分的な挙動の連鎖によって何が起こるのかは、コンピューターに試させることができる。こうしたデザインの方法をパラメトリック・デザインあるいはアルゴリズミック・デザインと言う。パラメトリック・デザインあるいはアルゴリズミック・デザインについてはまた別のシリーズを設け詳述してみたい。ここでは一体それで何ができるのか、僕のプロジェクトで少し見て頂くことにする。
“gravitropic architecture”(Yukio Minobe 美濃部幸郎, 2009)はガウディと同種のフォーム・ファインディングをコンピューターによって行った実験プロジェクトである。時間が許されるのであれば一度、”Experiments”にある“gravitropic architecture”のウェブ・アプレットによるシミュレーションを実際に動かして頂けるならば、何がそこで起こっているかがすぐに分かる。画面上は山のようであるが、実際のシミュレーションはガウディと同じく「吊り」モデルで行っている。つまり上の図はシミュレーションで実際に起こっていることを上下逆さまの視点で描画させているに過ぎない。このシミュレーションは、三角形のグリッドで編まれた一枚のネットを吊り下げることから始まる。ネットを固定する点の位置の違いによって、結果的に生じる山のかたちは違う。山のかたちは、ネットの分割の仕方とネットが固定される位置を初期のパラメーターとして、あとは重力が決める。ガウディがひもの組み方と砂袋の位置をパラメーターとしてかたちを探していたのと同じである。ただしパラメトリック・デザインではパラメーターの変更を躊躇無く試すことができる。また各三角形の色は太陽の直射光が入射する度合いを示している。試みとして太陽熱の取得量を最適化するかたちを探すことを意図している。ガウディのフニクラ・モデルと違いコンピューター上のパラメトリック・デザインはこうした全ての数値情報を記憶することができる。その利点は建築のパフォーマンスが問題とされるとき、とても重要である。なぜなら自然がするのと同様にかたちの最適化のためには、膨大な数のテストが必要だからである。この方法によってかたちだけではなくデザインの仕組みとして、建築は自然に近づくことが可能となる。
[image: A part of the script for computing the catenary curves (above), "Catenary" ceilings in Catenary Respiration Roof computed by Rhinoscript(below)]
プロジェクト”Catenary Respiration Roof”(Yukio Minobe 美濃部幸郎, 2009)(*)は、天井の換気口のかたちとしてカテナリーを採用している。もともと構造的に吊り構造である天井は、カテナリーを用いるに最適な部位のひとつだと考えている。またこの換気口はその上部で自然風によって生じる負圧により自然換気を促進するためのものであるから(この仕組みの詳細については以前のポスト、「プレーリードッグに学ぶ自然換気: バイオミメティクスによる建築のデザイン2 / Learn from prairie dogs on natural ventilation: architectural designs on Biomimetics2」をご覧下さい)、換気口の断面型自体も先に向かって細いかたちが良い。先細りのかたちは換気出口での流速を早め、より負圧を促進するからである。この換気口のかたちは、換気出口の円周と天井の輪郭をカテナリー曲線で結ぶことでできている。カテナリー曲線自体は数学的に簡単に求めることができるため、換気出口の位置と半径、天井の輪郭のかたちをパラメーターとして、プログラムによって無限にかたちを作ることができる。そしてそのかたちによる自然換気のパフォーマンスはC.F.D.によってシミュレーションできる。つまりガウディがフニクラ・モデルでデザインと構造設計を統合していたのと全く同様に、一貫してひとつのコンピューター上でデザインからそのパフォーマンス評価までを行い、繰り返しフォーム・ファインディングを行うことができる。このようにパラメトリック・デザインは、建築のバイオミメティカル・デザイン、自然の知恵を模倣し建築のパフォーマンスを自然のパフォーマンスに近づけていくために、現時点で私たちが使える最良の道具となることができる。
(*) “Catenary Respiration Roof”は第23回建築環境デザインコンペティション—「風と生きる建築」(主催:東京ガス株式会社. 後援:社団法人 日本建築学会、社団法人 空気調和・衛生工学会、株式会社 新建築社。審査員;審査委員長:内藤 廣、審査員:妹島和世、新居千秋、井上 隆、大高一博、可児才 介、山田幸夫、松田明彦の各氏(順不同))にて、佳作を受賞させて頂きました。






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